外面ソバー脳内パンク

映画を中心として物語の感想、考察

人間の二重性に着目して観るフルメタルジャケット(ネタバレ有り)

私がこの映画を見た直後は『前半はまあ面白かったけど後半は…』みたいな感想だったが、いつものようにTwitterで短い感想を書こうと映画の内容を頭の中で整理している時、この映画の”メッセージ”が何となく見えた気がして今こうして考察を書いている。 ちなみにネタバレありきで説明するので未視聴の人は注意。また、筆者は小説が苦手で全然読まないので文章が拙いがそこには目を瞑ってくれ…

フルメタルジャケットの基本的な説明

フルメタル・ジャケット』とは、1987年のアメリカ映画で、ベトナム戦争を題材にした戦争映画。監督はスタンリー・キューブリック。 (Googleのトップより)

ジョーカーヘルメットに書かれてたBORN TO KILLとピースマークのバッチの関連

これは主人公のジョーカーが身につけているヘルメット(正確にはピースマークは胸に、フルメタルジャケットは明記されていない)で、ジャケットやポスターにも使われているこの映画の象徴のような物だ。

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作中でのセリフで意味は説明されている。

『人間の二重性に関連が…二重人格 ユングです』

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ちなみにこのセリフを聞かされてた”大佐”はこのセリフの意味を理解出来なかったのか少しの間沈黙し、取り繕うように罵倒している。

・では、人間の二重性とは?

人間の二重性という題のサイト(※1)によると(余りにも長かったので第1項までしか読んでないが笑)どうやら人間の矛盾している”合目的性”と”無目的性”のことらしい(間違ってるかも?)

とすると、フルメタルジャケットにおける合目的性と無目的性は幾つかでてくる。

一つ目は先程にも書いたジョーカーが身につけている 『BORNTOKILL(殺すために生まれてきた)』(字幕では『生来必殺』)(合目的性)と 『ピースマーク』(無目的性)

二つ目は、ジョーカーが 『殺すためにここ(海兵隊)に来た』と発言しておきながら(合目的性)実際に配属希望したのは『基礎軍事報道部』という殺しとは結びつきづらい(一応銃もとり、人も撃つのだが)ところ(無目的性)

三つ目は『微笑みデブに射撃の才能がありハートマン軍曹から認められたこと』(合目的性)と『それにも関わらず微笑みデブは”クソになっちまって”自殺したこと』(無目的性)

四つ目は『女狙撃手がジョーカーの仲間達を殺したこと』(合目的性)と ジョーカーが虫の息になった女狙撃手の介錯をしたこと』 (無目的性)である。

(三つ目を人間の二重性と呼べるのかは微妙だがこれを入れないと微笑みデブの存在意義が無くなるので…)

・これらのなかでも異質な四つ目について掘り下げる

まず、わざわざ狙撃手の元にジョーカー達が行くまでご丁寧に(狙撃手の)一人称視点でしか狙撃手が映されていない理由である。

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これは狙撃手が””であったという衝撃をより強く伝えたいからであろう。

では何故それを伝えたいのか。

それは”男性的”と”女性的”は最も普遍的な 重なれば矛盾するもの だからである。言い換えると最も普遍的な 人間の二重性 である。

これにより女狙撃手は(ジョーカーにとっての)合目的性の象徴とも言える。

また、ジョーカーはその合目的性の象徴である女狙撃手を介錯している。

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(※1)のサイトにはこんなことも書いてあった↓

この項における人間の合目的性の結論が、前に述べた人間の無目的性の主張と何ら矛盾するものではない、ということを理解する必要がある。

つまり、ジョーカーが女狙撃手を介錯した事で彼は 人間の合目的性の結論が人間の無目的性の主張と何ら矛盾するものではない、と理解出来たと言えるのではなかろうか?

つまり、 人間の合目的性の結論が人間の無目的性の主張と何ら矛盾するものではないということキューブリック監督がこの映画を通して伝えたかったことだと私は思う。

・参考文献

(※1)のサイト第3節 人間の二重性

・おまけ

劇中に何度もでてくるミッキーマウスについても書きたかったがもう既に書いてるサイトがあったので書いてない(正直にいうと書く気力がもうない)

また、微笑みデブやハートマン軍曹についても書きたかったが、それもどっかのサイトに書いているだろうということで書いてない(正直にいうとry)

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